2018年05月08日
新城市を覆う閉塞感
穂積市長が誕生して13年目に入っています。「自治」のまちを目指して、自治基本条例、自治区、若者議会、女性議会などが動いています。
現在の新城市は、見せかけの「自治」が動いているように感じています。「自治」の行く先には、永続可能な地域の実現があると信じていました。「自治」を掲げて登場した穂積市長に期待した新城市民は少なからずいたはずです。
新城市の未来が描けているでしょうか?年々寂れていく中心市街地(新城駅周辺)。先が見えない農林業。夢の実現のために進学した若者は、市内で夢が描けず市外へ転出。毎年500人前後の人口減で地域維持にも赤信号。人口減で新城単独では国民健康保険(県全域で対応へ)も介護保健(東三河連合で対応へ)も維持できず。
「穂積流自治」とは何だったのか?自治関連で毎年1億何千万円の税金が使われています。成果は何?誰が成果を評価するの?市長の役割は?行政は何をしているの?議会は何のために存在しているの?
先が見えません。新城市の将来を考えだすと、閉塞感に襲われます。なぜ、問題を具体的に解決するための議論にならないのか?不思議です。
それでも「自治」が進んだと評価する(思い込み?)識者まで存在します。結果が伴わない「自治」をなぜ評価できるのか考えられません。
「自治」の砦と自慢していた新庁舎は、住民投票で大幅見直しをせざるをえなくなりました。「自治」と言いながら、新庁舎建設議論は、一部の市民を巻き込んだものの、結果は行政主導の域を出ていなかったことが、住民投票で明白になりました。
それでも、市長も議会も行政職員も「自治」を声高に叫び続けています。市長に言っても何ともならない、議会に行っても市長の方しか見ていない、当然行政職員の見る方向は決まっている、どうしようもないから、住民投票だったのです。
新城市の現状を冷静に分析できれば、呑気なことを言っている状況ではありません。しかし、市長も議会も具体的な行動を示すことはありません。
新城アライアンス会議を当面の目玉施策にしているようですが、この会議の結果、新城市にどの様な変化を期待しているのか?見えてきません。
「自治」に早急な成果を求めてはいけないという声もあります。いつか、きっと、どこかで「自治」の成果は生まれるかもしれません(可能性はほとんど無いと思います)。一番の確かな道は、市民自らが新城市の現状を理解し、その現状を打開する方向に踏み出すことです。その結果、永続可能な新城市の実現が見えてきます。
市民にその覚悟をもってもらうことこそ、「自治」だと考えています。頭で考えるだけでなく、実践が「自治」の中身を豊かにしていきます。市長も議会も、その実践方向を市民に示していません。
最後は「みなさんが考えるのです。それが自治です」と逃げてきました。最初に穂積市長が口にした「自治」に期待した市民が完全に後ろを向く前に、方向転換を期待したいものですが、市長も議会も従来通りで終わりそうに思います。
「自治」の実践で自慢していた「地域活動交付金事業」に大きなほころびが生じています。山崎議員の領収書偽造問題です。市長も議会も重大な問題と言いながら、自らは徹底調査を行っていません。結局、政治不信を増幅させている政治の常套手段、「トカゲのしっぽ切り」で事を済ませようとしているように思います。山崎議員が間違いを犯しただけで、他の事業に問題はないと言いたいのでしょう。
山崎議員みたいに、自分のために地域活動交付金を活用しても、領収書さえ偽造しなければ、成果を問われることもないのが、地域活動交付金事業です。費用対効果を重要視していない事業の見直しは避けて通れません。しかし、その見直しの動きは市長にも議会にも見えてきません。
市長にも議会にも期待できない状況を感じている市民は、僕だけではないでしょう。何とかしたいから、声を挙げている市民はまだいます。「今の新城市、何かおかしい?」と思う市民をどの様に増やしていくか、悩ましい問題です。今の新城市を牛耳っている方たち(市長、議員、行政幹部職員、市長を盲目的に信じている市民など)が、「ゆでガエル」状態にならないことを祈るばかりです。
文責:白井倫啓
現在の新城市は、見せかけの「自治」が動いているように感じています。「自治」の行く先には、永続可能な地域の実現があると信じていました。「自治」を掲げて登場した穂積市長に期待した新城市民は少なからずいたはずです。
新城市の未来が描けているでしょうか?年々寂れていく中心市街地(新城駅周辺)。先が見えない農林業。夢の実現のために進学した若者は、市内で夢が描けず市外へ転出。毎年500人前後の人口減で地域維持にも赤信号。人口減で新城単独では国民健康保険(県全域で対応へ)も介護保健(東三河連合で対応へ)も維持できず。
「穂積流自治」とは何だったのか?自治関連で毎年1億何千万円の税金が使われています。成果は何?誰が成果を評価するの?市長の役割は?行政は何をしているの?議会は何のために存在しているの?
先が見えません。新城市の将来を考えだすと、閉塞感に襲われます。なぜ、問題を具体的に解決するための議論にならないのか?不思議です。
それでも「自治」が進んだと評価する(思い込み?)識者まで存在します。結果が伴わない「自治」をなぜ評価できるのか考えられません。
「自治」の砦と自慢していた新庁舎は、住民投票で大幅見直しをせざるをえなくなりました。「自治」と言いながら、新庁舎建設議論は、一部の市民を巻き込んだものの、結果は行政主導の域を出ていなかったことが、住民投票で明白になりました。
それでも、市長も議会も行政職員も「自治」を声高に叫び続けています。市長に言っても何ともならない、議会に行っても市長の方しか見ていない、当然行政職員の見る方向は決まっている、どうしようもないから、住民投票だったのです。
新城市の現状を冷静に分析できれば、呑気なことを言っている状況ではありません。しかし、市長も議会も具体的な行動を示すことはありません。
新城アライアンス会議を当面の目玉施策にしているようですが、この会議の結果、新城市にどの様な変化を期待しているのか?見えてきません。
「自治」に早急な成果を求めてはいけないという声もあります。いつか、きっと、どこかで「自治」の成果は生まれるかもしれません(可能性はほとんど無いと思います)。一番の確かな道は、市民自らが新城市の現状を理解し、その現状を打開する方向に踏み出すことです。その結果、永続可能な新城市の実現が見えてきます。
市民にその覚悟をもってもらうことこそ、「自治」だと考えています。頭で考えるだけでなく、実践が「自治」の中身を豊かにしていきます。市長も議会も、その実践方向を市民に示していません。
最後は「みなさんが考えるのです。それが自治です」と逃げてきました。最初に穂積市長が口にした「自治」に期待した市民が完全に後ろを向く前に、方向転換を期待したいものですが、市長も議会も従来通りで終わりそうに思います。
「自治」の実践で自慢していた「地域活動交付金事業」に大きなほころびが生じています。山崎議員の領収書偽造問題です。市長も議会も重大な問題と言いながら、自らは徹底調査を行っていません。結局、政治不信を増幅させている政治の常套手段、「トカゲのしっぽ切り」で事を済ませようとしているように思います。山崎議員が間違いを犯しただけで、他の事業に問題はないと言いたいのでしょう。
山崎議員みたいに、自分のために地域活動交付金を活用しても、領収書さえ偽造しなければ、成果を問われることもないのが、地域活動交付金事業です。費用対効果を重要視していない事業の見直しは避けて通れません。しかし、その見直しの動きは市長にも議会にも見えてきません。
市長にも議会にも期待できない状況を感じている市民は、僕だけではないでしょう。何とかしたいから、声を挙げている市民はまだいます。「今の新城市、何かおかしい?」と思う市民をどの様に増やしていくか、悩ましい問題です。今の新城市を牛耳っている方たち(市長、議員、行政幹部職員、市長を盲目的に信じている市民など)が、「ゆでガエル」状態にならないことを祈るばかりです。
文責:白井倫啓
Posted by みちひろ at 20:55│Comments(0)
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