2018年09月02日
スポーツ界のごたごたと新城市の現実
女子体操の宮川紗江選手(18)の訴えで日本体操協会に世間の注目が集まっています。この件で、オリンピック体操で金メダルを獲得した池谷幸雄さんのコメントを何回か聞きました。
そのコメントから、池谷さんは、宮川選手の訴えを「勇気ある行動」として評価していると判断できます。今朝(9月2日)のテレビでのコメントでは、(なぜ宮川選手が協会の体質を訴える前に、体操関係者が訴えなかったのか?に答えて)「多くの関係者が協会に対して是正を求めてきたが、途中でその声は消えてしまっていた。今回の件で体操協会が変わって欲しい」との内容でした。
最近、日本大学アメフト部、レスリング協会、ボクシング連盟とその体質が問われてきました。体操協会も同様な体質を抱えていることが、明らかになったと感じています。
僕には、一連の問題と新城市の現状が重なって見えてきます。少なくない関係者が、問題点を指摘し続けていても、その問題点はなかなか表面化してきませんでした。その組織を牛耳っている幹部の意向でしか動かない体質になっているからです。
なぜ、立て続けに各組織で問題点が表面化してきたのかと言えば、東京2020が近づいていることが大きな要因(アメフト問題は違っていますが?)の様に思います。金メダルを獲得したい選手自身、関係者の危機感が重なっています。
組織は、新しい時代を読み間違えたリーダーによって腐ってきます。今やっと自浄作用が働き始めたということでしょうか?
いくらかのスポーツ組織は自浄作用が働き始めていますが、新城市はその兆候が見えてきません。僕を含め少なくない市民が、「このままでは新城市が消滅可能性都市になる」と警告を発し続けていますが、議会(少数議員には危機感はあるのですが)にも市長にもその警告を受け止めようとする姿勢が見えません。
「問題だ」と声を挙げ続けた各組織の関係者の声が届いた結果、問題点克服の方向に舵を切り始めています。新城市でも同様な流れが必要なのです、新城市のトップ(市長、議会)が、組織の問題点、政策の問題点を把握する可能性が低いことが、新城市の閉塞感を強めています。
新城市の人口は、今年1月1日現在で47,354人でしたが、8月1日現在では46,904人となっています。この減少を年間に単純に換算すると771人の減少になります。合併12年間の年平均減少数(約500人)を上回っています。
新城市での雇用は増えているのでしょうか?農林業に後継者は育ったのでしょうか?町中の商店街の衰退に歯止めがかかったのでしょうか?観光に光が射したのでしょうか?穂積市長の市長選公約「4年間で1000名の雇用実現」の道筋は見えてきたのでしょうか?問題点は明らかなのに、具体的な対策が市民に示されていません。
新市役所が稼働を始めたと自慢していますが、穂積市長は新市役所敷地と関係のない敷地への一市民への不当な補償をしたと市民有志から裁判で訴えられ、穂積市長自らが証人尋問を受けたという状況です。
穂積市長が最大の成果だと自慢する自治区制度では、山崎議員が領収書偽造を起こしながら、自らの責任を取ろうとしない状況が続いています。穂積市長は「一罰百戒」とコメントし、交付金返還・罰金納付で全て解決しているかのよう対応で、山崎議員、議会への責任追及にはまるっきり無関心に見えます。
市民の怒り・不満(なぜ山崎議員の責任があいまいにされるのか?)の解決は、市民有志の政治倫理審査会請求署名に頼るしかありません。いつも責任所在があいまいにされてしまいます。
多くのスポーツ関係者が抱いていた組織改革(トップの交代を含めて)の必要性がいくら正しくても、簡単には改革に行きつきませんでした。結局、組織を牛耳っていた幹部が自らの飼い犬に(だと思っていた?)手を噛まれ、マスコミが騒ぎ多くの国民が実態を把握する状況を待つしかありませんでした。改革は本当に時間がかかるものですね。
新城市は危機的状況だと考えています。現状に無力感を感じています。荒療治をしなければ、今の危機はますます進行していきます。なぜ、市民に今の危機的状況をトップが伝えないのか、ジレンマを感じながら日々過ごしています。負け犬の遠吠えと言われそうですが、市長、議会(危機意識を持たない議員が多数を占めている)が代わらなければ、危機感はいつまでも市民多数に浸透しないでしょう。
時々ブログを投稿(投稿する気力がなかなか湧きません)していますが、無力感を抱きながら書いています。期待に胸を膨らましながら投稿したいものです。何とかしたいという市民の想いが消えないうちに、改革派が多数になるといいですね。そんなことを想いながら、日々「自然農法」に明け暮れています。
文責:白井倫啓
そのコメントから、池谷さんは、宮川選手の訴えを「勇気ある行動」として評価していると判断できます。今朝(9月2日)のテレビでのコメントでは、(なぜ宮川選手が協会の体質を訴える前に、体操関係者が訴えなかったのか?に答えて)「多くの関係者が協会に対して是正を求めてきたが、途中でその声は消えてしまっていた。今回の件で体操協会が変わって欲しい」との内容でした。
最近、日本大学アメフト部、レスリング協会、ボクシング連盟とその体質が問われてきました。体操協会も同様な体質を抱えていることが、明らかになったと感じています。
僕には、一連の問題と新城市の現状が重なって見えてきます。少なくない関係者が、問題点を指摘し続けていても、その問題点はなかなか表面化してきませんでした。その組織を牛耳っている幹部の意向でしか動かない体質になっているからです。
なぜ、立て続けに各組織で問題点が表面化してきたのかと言えば、東京2020が近づいていることが大きな要因(アメフト問題は違っていますが?)の様に思います。金メダルを獲得したい選手自身、関係者の危機感が重なっています。
組織は、新しい時代を読み間違えたリーダーによって腐ってきます。今やっと自浄作用が働き始めたということでしょうか?
いくらかのスポーツ組織は自浄作用が働き始めていますが、新城市はその兆候が見えてきません。僕を含め少なくない市民が、「このままでは新城市が消滅可能性都市になる」と警告を発し続けていますが、議会(少数議員には危機感はあるのですが)にも市長にもその警告を受け止めようとする姿勢が見えません。
「問題だ」と声を挙げ続けた各組織の関係者の声が届いた結果、問題点克服の方向に舵を切り始めています。新城市でも同様な流れが必要なのです、新城市のトップ(市長、議会)が、組織の問題点、政策の問題点を把握する可能性が低いことが、新城市の閉塞感を強めています。
新城市の人口は、今年1月1日現在で47,354人でしたが、8月1日現在では46,904人となっています。この減少を年間に単純に換算すると771人の減少になります。合併12年間の年平均減少数(約500人)を上回っています。
新城市での雇用は増えているのでしょうか?農林業に後継者は育ったのでしょうか?町中の商店街の衰退に歯止めがかかったのでしょうか?観光に光が射したのでしょうか?穂積市長の市長選公約「4年間で1000名の雇用実現」の道筋は見えてきたのでしょうか?問題点は明らかなのに、具体的な対策が市民に示されていません。
新市役所が稼働を始めたと自慢していますが、穂積市長は新市役所敷地と関係のない敷地への一市民への不当な補償をしたと市民有志から裁判で訴えられ、穂積市長自らが証人尋問を受けたという状況です。
穂積市長が最大の成果だと自慢する自治区制度では、山崎議員が領収書偽造を起こしながら、自らの責任を取ろうとしない状況が続いています。穂積市長は「一罰百戒」とコメントし、交付金返還・罰金納付で全て解決しているかのよう対応で、山崎議員、議会への責任追及にはまるっきり無関心に見えます。
市民の怒り・不満(なぜ山崎議員の責任があいまいにされるのか?)の解決は、市民有志の政治倫理審査会請求署名に頼るしかありません。いつも責任所在があいまいにされてしまいます。
多くのスポーツ関係者が抱いていた組織改革(トップの交代を含めて)の必要性がいくら正しくても、簡単には改革に行きつきませんでした。結局、組織を牛耳っていた幹部が自らの飼い犬に(だと思っていた?)手を噛まれ、マスコミが騒ぎ多くの国民が実態を把握する状況を待つしかありませんでした。改革は本当に時間がかかるものですね。
新城市は危機的状況だと考えています。現状に無力感を感じています。荒療治をしなければ、今の危機はますます進行していきます。なぜ、市民に今の危機的状況をトップが伝えないのか、ジレンマを感じながら日々過ごしています。負け犬の遠吠えと言われそうですが、市長、議会(危機意識を持たない議員が多数を占めている)が代わらなければ、危機感はいつまでも市民多数に浸透しないでしょう。
時々ブログを投稿(投稿する気力がなかなか湧きません)していますが、無力感を抱きながら書いています。期待に胸を膨らましながら投稿したいものです。何とかしたいという市民の想いが消えないうちに、改革派が多数になるといいですね。そんなことを想いながら、日々「自然農法」に明け暮れています。
文責:白井倫啓